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金融屋がたとえ生産性のない寄生虫であったとしても、結局は最強の権力を持つ理由

金融の強さの本質はどこにあるのか。

まず、金融屋の仕事とは何だろうか、と考えてみる。

それは「余っているお金を、必要な人に届ける」という非常にシンプルなものである。

そういった意味では、ライドシェアのUBERAirbnbなどともやっていることの本質は一緒なのだと気がついた。だからこそああいったプラットフォームは強いのだろう。

 

また、前の記事

hamakihito.hatenablog.com 

で、お金は「最高に便利な道具」だと書いた。金融屋は、この道具を集めてきて又貸ししているわけだ。

 

つまり、金融の仕事とは「最高に便利な道具のシェアリングエコノミー」なのだ。最強のビジネスであることは自明である。 

一つ一つでは役に立たないものを集めて大きな力にして利用する。それが金融機関の本質なのだ。ここはクラウドファンディングと同じ。

違うのは、不特定多数から借りて不特定多数に貸すというところだ。そこには、想いは介在しない。あるのは単純な数字である。

おそらく、この「数字のみ」で判断せざるを得ないというビジネスモデルが、金融に冷たい印象を与えているのではないだろうか。

僕が金融を毛嫌いしていたのは、ここに理由があったんだろう。

 

資本主義社会において、「お金を持っている」ということは「自由に使えるパワーを持っている」とも言い換えられる。過去、ユダヤの人たちはこの事実に気がついたからこそ金融を始めたのだと思う。

 

お金の本質は「信用」であることは堀江貴文さんをはじめ、いろんな人が解説しているので割愛するが、その考え方の逆を言うと、信用がなくとも使えるオールマイティのカードが「お金」と言える。

本当にその人に信用があるか、ということは別として、お金を持っている人には「力」が備わる。

するとこの人本人に信用がなくともある程度のことが出来るのだ。アドバンテージは多大である。

 

たとえ、金融屋がお金を集めているだけの生産性のない寄生虫であっても、そこにお金が集まる限り、その力は雪だるま式に拡大するばかりなのである。