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人生って、芸術作品なんだと思う。『火花』読了。

生き方

なんか又吉って名前は聞いたことあったけど、そんな人が芥川賞
またメディアが無理やり盛り上げようとしてるだけっしょ?

読む。

途中で結構な回数吹く。
そして最後泣いた。
まあ、そうなるだろうと思ってたよ。俺って人間は単純だからね。


<概要と感想>
お笑い芸人がどう生きるか、芸人とは何か、というようなことがテーマなんだと思うんだけど、
それを軸に、またひとつ他の人の人生に触れられた気がして、いい小説だなと思った。

小説の中でよく出てくるのが、既存の世界を壊すことによって、笑いを産もうとする。というような場面。
一つ例を上げれば、別れ話をしているカップルの目の前で、イチモツを勃起させようと荒い画素のエロ画像を真剣に見る。というような。
こんな場面でも笑いというものを考えてしまう、お笑い芸人の性というものが、滑稽にも見える一方、ひどく悲劇的にも感じられる。
これを面白いと思うかどうか、は主観によるのであるが、その行為は、実に芸術的だなと、僕は思った。


<考えたこと>
芸人という人たちについて僕が考えるに、彼らは、自分の生まれ持ったもの、それを才能と呼ぶか人間性と呼ぶかはわからないけれど、それそのものを武器にして生きているんだなあ、ということ。
それは、すごく大変だろうなと思う反面、憧れを感じる。

よろず芸(術)というのものを仕事にする人は、その作品で自分を表現する。
だから、作品に注がれるのは、その人の、全てなんだと思う。

でも、芸術家にかぎらず、いつの世も、尖っている人間は理解されにくい。
多分そういう人は、新しすぎるか、逆に古い頭の頑固者なんだろう。
時代に合わせてうまいことやるのが処世術というなら、それはきっと周りとそんなに変わらないわけで。
求められるものをやるならば、それは自分じゃなくても誰かがやってくれることであり、その人生は一つの芸術作品には成り得ない。

自分という人間を、疑問を持たずに貫ける人。圧倒的な自負心。そんな人間ににシビれる、憧れる。


<この先のこと>
僕は多分、そこまで自分の才能とか、人間性とか、僕から出てくるものだけを、信じることができていない。
今は、人に認めてもらえるような、人が求めているようなことを、やろうと思っている。
でもできるだけ、自分のやりたいことをそのものとしてぶつけられるようになりたいな。と思う。

最終的に、自分の人生全部ならば、芸術家の作品にも対抗できると思うんだ。
大量生産の製品にはなりたくない、と思うから、出来る限りのいろんな形で、表現していこうと思う。
火花